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老人と海

 若いもんだって疲れる時がある。

 大学四年生のこの時期はどんなに肌がつやつやでみずみずしい肢体を輝かせていても精神的に参っているのが普通だ。「苦学生」と称した昔ほどではないが何かとお金が必要なこの時期は就職活動に平行させてアルバイトも必要である。本職は学生なので学校だって行かなければならない。

 とにかく本当に疲れているのである。体の節々が痛いとはこの事か。足腰が立たぬとはこの事か。電車のポイント通過時に「グエッ」って言いたくなる心境とはこんな感じなのか。大人の世界が覗ける今日このごろ。付け加えて生理の初日だったりすると老人が生理痛に悩まされると言う自然界では考えられない状態に陥る事になる。こんな時社会の「老人介護主義」が若いもんの敵になるのだ。

 通学ったって私にとっては一大事なのだ。我が家から学校までの所用時間はその気になれば飛行機で東京から札幌へ行くのと同じくらいの時間を要する。 いや、もしかしたらそれ以上かもしれぬ。

その電車の中で私が座れるか座れないかは総理大臣に就任するか落ちぶれて乞食になるかのごとし。大手町から小田急線直通の準急本厚木行きに座れるかどうかと言う事は東京から札幌まで立っていくか座っていくかと言う事なのだ。

 最近の私はその座席ゲットのためにいつもより数分早く出て大手町で一度逆戻りして準急に乗るようにしている。その甲斐あってほぼ百パーセントの確率で座席(しかも角座席)に座る事が出来るのだ。しかしながらその安堵も生理痛の無い老人が私の目の前に立ちふさがる事によって地獄の底へ落ちて行くのだ。

 私は老人には絶対に座席を譲るべきだと思っている。いや、譲らなくてはならないのだ。我々はまだ若いから吊革に掴まって立っていればいい。それでこそ人間の生ける道なのだ。そう思っていた。時々電車の中で若いもんが老人がヨレヨレ立っているのにシルバーシートで股広げて漫画を読んでいるのを見つけると頭にが上りそうになる。私は絶対に急きを譲っている。そうすると老人はしわくちゃの顔でとてもチャーミングな笑顔を作り

「ありがとう、ありがとう」
と言う。ちょっと気恥ずかしいが、それでいいのだ。反対の賛成なのだ。

 しかし私だって疲れている時には座席に着席していたい。準急ではなおさらの事なのだ。

 その時私は眠りに入っていた。電車がいつもより大きくゆれた気がしたので思わず顔を起こしてしまったのだ。目の前には、そう、老人がいた。推定年齢七十三才。腰は曲がっていないが立派なしわの刻まれた老女。その女が私の目の前でじっと私を見下ろしていた。  私はその女と目があってしまった。思わず下を向いてしまったが左右のおやじは夢の世界に招待されており、若くてぴちぴちの私が席を立つべき状況に合ったのだ。

 「寝たふりをしよう・・・、いやもう寝ていたんだから。私は疲れているんだ。生理初日であんたより辛いんだよ。分かってよ。あんた、年の割にけっこ元気そうじゃないか・・・。いや、結構若くていらっしゃるんじゃない?ああ!私奥さんがまだ若い方だから座席を譲らなくていいって思っちゃってた!や~んよ~すてん。わわわ・・・、そんなにみないでよ。私いつもは譲ってんだよ。今度いつかどっかであったら譲ってあげるから・・・。ほらほら、あっちの兄ちゃんのところに行ってよ。彼元気だよきっと・・・。あ、シルバーシートの前行けば?そこで代わってもらえるよ・・・。」

 そんな事を考えながらうつむいていると老女は

「ちっ。」

としたうちをして電車を降りた。

 「あんだてめえ!五分も乗ってないじゃないか!!五分くらい立ってろ!健康のためだぞ!!」

 私はそう思った。老女と目が合うまではゆっくりと寝ていたのに今や目がギンギンに覚めてしまったていた。もう一度眠りたかったが興奮して眠れなかった。

 しばらくして私は恥じた。五分くらい代わってあげれば良かったのに。私はシルバー シートで股をひろげている男に親近感を覚えた。


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